1 大正期には、公営のセツルメントが誕生し活動を展開した。
2 昭和初期から第二次世界大戦中には、感化救済事業が活発化した。
3 第二次世界大戦直後には、社会福祉教育の実践が連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指示で中断された。
4 高度経済成長期には、エビデンスに基づくソーシャルワークのあり方が重視された。
5 社会福祉基礎構造改革時には、ソーシャルワークの統合化の考え方が外国から初めて紹介された。
選択肢1について
北市民館(当初大阪市立市民館)は、わが国最初の公営隣保事業施設として、大正10年(1921)6月20日に北大阪の通称、天六の地に誕生しました。(中略)以来、北市民館は大正末期、昭和初期の不況期、戦前戦後の混乱時代を通じて授産、保健診療、公益質舗、法律・身上・職業などの相談、歳末助け合い運動、学童保育など、数多くの事業を展開してきました。北市民館は、ロンドンのトインビーホールにも比すべき、愛のセツルメントでした。
(デジタルギャラリー2009、大阪市公文書館、大阪市ホームページ、2014年1月24日、http://www.city.osaka.lg.jp/somu/page/0000106885.html)
選択肢1は適切です。
選択肢2について
日露戦争の戦中・戦後すなわち1904(明治37)年末から1905(明治38)年にかけて、財政難に苦しむ政府は、絶対君主制のもとで絶大な権力と財力をもつ天皇を中心に、家族国家観の浸透を目指す感化救済事業を推進した。
(社会福祉士養成講座編集委員会編『新・社会福祉士養成講座4 現代社会と福祉』、第3版、中央法規出版(2013)、p.100)
選択肢2は適切ではありません。「昭和初期から第二次世界大戦中」を「日露戦争の戦中・戦後」に変えれば正しい文になります。
選択肢3について
社会福祉行政の出発点として救貧対策にあたる専門の職員としては、専任有給福祉吏員の資格が認定され訓練が行われた。日本にこの指導ができる人材がいなかったため、アメリカのソーシャルワーク専門家がこの指導にあたったが、GHQは日本にソーシャルワークを定着させるために社会福祉教育の整備も行い、1946(昭和21)年に日本社会事業学校が開設されている。
(社会福祉士養成講座編集委員会編『新・社会福祉士養成講座6 相談援助の基盤と専門職』、第2版、中央法規出版(2013)、p.67)
選択肢3は適切ではありません。
選択肢4について
Evidence-Based Social Work(エビデンスに基づくソーシャルワーク、EBS)は英国を発端に欧米各国に波及し普及が始まった新しいソーシャルワーク実践方法である。(中略)Evidence-Based Practice(証拠に基づく実践、EBP) の基本発想は1990年初めカナダ、マックマスター大学医学部が提唱したものであると言われている。(中略)このEBSの全容を「ソーシャルワーク研究」誌 第31巻、2号、2005年に掲載したが原稿が長大であったため、論文、文献の全文が収載できなかった。不足を補うために、ここにPDFファイルで全文を掲載しました。EBSの正確な概念理解の促進に資すればと願う次第です。
(関東学院大学文学部現代社会学科 秋山 薊二研究室ホームページ、http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~akiyak2/)
カナダでエビデンスに基づくソーシャルワークのあり方が重視され始めたのが1990年、日本に紹介されたのが2005年のことで、高度経済成長期と言う選択肢4は適切ではありません。
選択肢5について
わが国においては、主として北米からの影響を受けながら、1970年代以降、ソーシャルワークの統合化に関して盛んに議論されるようになった。
(社会福祉士養成講座編集委員会編『新・社会福祉士養成講座6 相談援助の基盤と専門職』、p.78)
社会福祉基礎構造改革時(2000年)に初めてソーシャルワークの統合化の考え方が紹介されたと言う選択肢5は適切ではありません。
正答1